なんでギリシャ語なんかやってるの?いやいや、なんでやらないの!?

1. 精神の資産形成

一時期(今でも?)「意識高い系」という言葉が流行りましたが、仕事やキャリアに対する日本人の熱意は恐るべきもののように思います。

さて、今日は、現在では既に使われていない古代のギリシャ語に親しむことが、いったいどういう意味をもつのかについて、ちょっとラディカルに考えてみたいと思います。

古典ギリシャ語を趣味にすること。それは、自分の精神の資産形成になるものと考えています。

資産という言葉を使ってしまいましたので、お金の問題と対比してみます。

お金を稼ぐことについてよく言われることがあります。
まず、労働は、自分の時間を切り売りするものであって、それによってお金を得られるけれども、それ以上後には何も残りません。
自分の時間の対価としてお金を得ても、それはそれ以外の自分の時間を過ごすための費用として消費されてしまい、その後はまた労働をしなければ生きていけなくなります。

一方、会社や組織、あるいは投資用不動産などの資産形成のために努力したならば、それによって出来たシステムがお金を作り出します。つまり、努力をその時点でやめたとしても、お金が自動的に入ってくる仕組みになります。それこそが資産というものです。

こうしたことは良く言われている。本屋にいくらでも平積みされています。
しかし、目下のお金のことばかりに、日本人は関心があるのか、精神面の資産形成については言及された本がほとんどありません。

当然のことながら、精神はお金よりも大事です。それは誰も争わないのではないでしょうか。
それにもかかわらず、このことがこれまでほとんど問われていないのが不思議でなりません。

次々と喜びを生み出す精神資産。これが、最低限の生活が確保できた後は、最も大切なものであることは明らかでしょう。
そして、ギリシャ語をやるということは、絶えず喜びを生み出してくれる、この精神資産の形成といえます。

2. 精神のキャッシュフロー

世の中には色々な趣味があります。
パチンコ、マンガ、読書、映画鑑賞、旅行、ゴルフ、etc.

異論はあるかもしれませんが、これらはあまり後に大切なものを残さないような寂しさがあります。食べてしまったご飯のごとく、その時間を経験した後に残って溢れだす何かが無いのです。

一方で、ギリシャ語は、ゴルフやパチコンとは違い、常にその何かを生み出します。それは、言わば精神のキャッシュフローとでも言えるものでしょう。
これこそが、その他の趣味との違いです。
それはあたかも、労働と資産形成が、行動を止めてもなおキャッシュフローを生み出すかどうかによって区別されるかの如くです。

それでは、どんな風に精神のキャッシュフローは生み出されるか?
例えば、こんな風に。

はるかミケーネ時代から始まったギリシャ語、もともとインドヨーロッパ語族の一派であり、バルカン半島南下が古代のいつ頃であったのか、そういえば同じくインド・ヨーロッパ語族であり長い間人類の記憶から消えていたヒッタイト帝国が彼らと別れたのはいつ頃であったのか、そしてペルシャ戦争に勝利をし自信にあふれたギリシャにアテナイの覇権が及びその勢いを恐れたスパルタとの激突があり、彼らが内向きな紛争に明け暮れていた隙にマケドニアよりフィリッポスが怒涛のごとくギリシャ全土を席巻し、ギリシャ人自身によってはとうとう成し遂げられなかったギリシャの統一を実現し、その子アレクサンドロス大王によって率いられたマケドニア・ギリシャ軍がペルシャを滅亡させ、はるかインドにまで至る巨大な帝国を作り上げ、そこにギリシャ文化を浸透させてヘレニズム時代を作り上げ、ギリシャ語は世界公用語となりカエサルやキケロをしゃべらせ、新約聖書を綴り、ローマ帝国分裂後はラテン語に代わり東ローマ帝国の公用語としてローマ法大全の一部を彩り、首都コンスタンティノープルは古代ギリシャ文化の宝庫としてその価値を守りぬき、コンスタンティノープル陥落と共に一級のギリシャ語資料と学者がコンスタンティノープルから逃れイタリア半島へ到達しルネッサンスに寄与した後、ヨーロッパの「古典」としての地位を取り戻し、現在に連なる西洋精神の真髄を作り出し、一方、長きに渡りオスマン・トルコ支配下にあり19世紀になってようやくトルコからの独立を勝ち取ったギリシャの歩みは決して順調なものではなく、はるか古代より小アジア沿岸沿いに発展していたギリシャ系都市に住んでいた偉大なイオニア人の子孫らは歴史を捨て本土へ幾千年ぶりに戻らざるを得なくなった住民交換の悲劇を経験し、いつしか必ずコンスタンティノープルを奪還するという壮大なメガリ・イデアは夢やぶれて、その後も偉大すぎる過去に引きずられたままディモティキとカサレブサの対立を経験し、ようやく現代のギリシャの平安が訪れて・・・

駅のホームで電車を待っているときや、駅から事務所へ歩いている道のりでも、私はギリシャのことばかり考えています。もちろん、私もまだまだギリシャ初心者の部類ですが、そんなまだまだな私でさえ、ギリシャという切り口から豊富なアイデアや感情が次々と湧き出てきます。

3. 日本人の「普通」への信望の根強さ

ギリシャ語への関心がもう少し上がって、活性化してくれるといいなあと思います。いや、これほど楽しいものですから、もっと活性化する余地は十分にあるはずです。

一人一人が好きなことを見つけ、エネルギーを注入し、自分自身の人生を生きる。私はこれこそが幸福な国の条件だと思っていますが、なんだかんだで日本はまだまだだなと思います。
普通のやり方では生き残れないとか、普通のアイデアではビジネスにならないなどと言われますが、結局は大きな普通の生き方という枠組みの中で、より良く普通に生きる小手先の手段のように思えてなりません。「普通」であること、「普通」のやり方というのが、まだまだ猛威を振るっているわけです。
本当の意味で人々の関心が多様化されていないのではないかと思います。関係性というものが、実に貧相です。

関係性の貧相さを象徴するものがあります。
それは、多くの日本人が仕事に神聖さを抱いているという現象です。これは緩和されてきているとはいえ、まだまだ根強いですね。
はっきり言って、労働は奴隷的です。だって、その労働をしなくても同じだけのお金をもらえるのであれば、しないのではないですか?ということは、本当にしたいことではありませんよね?
こんなものに、神聖さを感じてどうするのでしょうか。
でも、日常のものであり、人生の大半をそれによって過ごすものであるためか、労働を正当化するための自己啓発書などを読んで安心してしまう方は多くいます。

ビジネスを通して世界を変えるのだ!と息巻いている人もいます。そういう人のおかげで暮らしが便利になっている側面もありますので、そういう人を心からリスペクトしますし、そういう生き方もあると思いますので、反対しません。でも、それを正しいものとして他人にも求めるのは違うでしょう。大多数の人は世界を変えようとするほどまでの考えや情熱は持っていないのでは?そして無理に持つ必要もないのでは?少なくともそうした生き方を唯一の正しさとみなす必然性は全くないのでは?

もう少し言ってしまいますと、進化や発展というのは、もともと、環境に適応することを指すもののはずです。一番分かりやすい例えが、生命の進化でしょう。人類の文化についても同じです。パピルスが羊皮紙に変わったのも、エジプトからの葦が市場に回りにくくなったために新しい材料を見いださざるをえなかったからですし、産業革命がイギリスで起こったのも、新大陸の発見で資源が豊富に流入し、需要も爆発的に増え、大量処理、定量的な経営へ移行せざるをえなかったからでしょう。そういう、環境への適応こそが発展であり、進化であるはずです。

それにもかかわらず、リソースの有限さや必要性に省みない、発展という概念にとらわれるのも、実に貧相であると思います。

4. なんでギリシャ語やらないの!?

さて、仕事で時間を費やして、それで、お金がバンバンもらえるようになる。いいでしょう。
がんばれば費やした労力以上の評価とお金が入ってくるようになるかもしれません。

では、何かをして時間を費やして、幸福度がバンバン増すようになるその何かを、貴方はしてますか?

ギリシャ語なんかなんでやってるの?と聞かれます。
いやいや、なんでギリシャ語やらないの!?

人生は時間です。仕事のしすぎは時間の浪費、人生の浪費といえます。
幸福度を増すような方向を、なぜ目指さないのでしょうか。

お金がたくさんある状況、素晴らしいと思います。では、その後はどうするの?いつ幸福度を上げることを始めるの?お金持ちになってから?いつをもって満足するの?

それとも、仕事に生きることが幸せでしょうか。本当にそうですか?スティーブジョブズですら、仕事に生きて世界を変えたにもかかわらず、死の直前、自分自身は喜びの少ない人生であった、もっと自分を大切にすべきであったと言っているのに!それとも貴方はスティーブジョブズを超える人間ですか?

そしてもうひとつ大切なこと。
幸福な精神のキャッシュフローを生み出すために必要なその何かというのは、お金では、残念ながら買えません。どんなにお金を払っても、時間をかけなければ精神の資産は形成できません。それは、人間というハード自体は変わらないからです。時間をかけなければギリシャ語も分かるようにはならないでしょう。

仕事だけで時間を食い潰した方には、残念ながら、そのための時間はあまり残されていません。

ツキュディデス「歴史」輪読開始!

さて、今月からツキュディデス「歴史」の原典輪読が開始した次第ですが、このコースは実のところ数年前から始まっています。
私を含め昨年からギリシャ語を始めた人は輪読は初心者です。そうした人のために、この半年間はクセノフォン「スパルタ人の国制」を読むという形でギリシャ語を読解する練習をさせていただいていました。

というわけで、この「歴史」の途中から読むということになりました。とはいえ、まだ第2巻の59節からということ(全体的には8巻からなります)。有名なペリクレスの演説の直前から始まりました。

実は日本語でも「歴史」を読んだことはありませんでした。ヘロドトスの歴史を読んで古代ギリシャにハマった者としてお恥ずかしい限りですが、しかしながら、初めてしっかり読んだツキュディデス「歴史」の文が古典ギリシャ語そのものであったことは幸せです。

さて、この「歴史」ですが、紀元前5世紀後期のギリシアの雄アテナイVSスパルタの直接戦争を、当時アテナイ側の将軍として戦争にも参加したツキュディデス自身が綴ったものです。

ペルシャ戦争で、ギリシャ連合軍が超大国ペルシャを破って、ギリシャに平和と繁栄をもたらした事実について触れた後、その立役者となったアテナイと、もともとのギリシャの大国スパルタ間の緊張、冷戦、代理戦争、そして直接戦争へと話を進めます。どこかで聞いたことのあるような話ですね。第二次世界大戦後のアメリカとソ連の対立の経緯と瓜二つです。もっとも、後者については、核兵器の存在もあって、直接戦争は免れていますが。。

ツキュディデスは第1巻の22節で次のように語っています。

「私の記録からは伝説的な要素が除かれているために、これを読んでおもしろいと思う人は少ないかもしれない。しかしながら、やがて今後展開する歴史も、人間性のみちびくところふたたびかつてのごとき、つまりそれと相似た過程をたどるであろうから、人々が出来事の真相を見きわめようとするとき、私の歴史に価値をみとめてくれればそれで充分である。」(「トゥキュディデス 戦史」久保正彰訳 中央公論新社)

今後数年にわたって、この「歴史」を読み込むことができるという機会を得られたことは本当にラッキーです。ツキュディデスの言うところの「人間性」に少しでも触れられればと思います。

古典語読解は第2巻の59節からですが、それまでの部分を日本語で読んでみた際、はっとさせられる文に出会いました。ペリクレスの葬礼演説(第2巻35節)に書かれていた部分です。最後に引用します。

「他者への賛辞は聞き手の自信を限界とし、その内にとどまれば素直に納受されるが、これを越えて賛辞を述べれば、聞き手の嫉妬と不信を買うにとどまる。」(同)

古典ギリシャ語続行中

久々の投稿となりましたが、元気に古典ギリシャ語を続行しています。

これまで、4月以降半年にわたって、ソクラテスの弟子クセノフォンの書いた、「スパルタ人の国制」を輪読してきました。輪読コースの先生がおっしゃるには、クセノフォンは今でいうところのジャーナリストのような存在だったそうです。実際に読んでみると、なるほど、物事を客観的に淡々と語りつつ、少しばかりの評価をする。けれども事実の叙述が中心で、深い思索を探求するといった姿勢ではない。

内容としても興味深いところが多かったです。スパルタ人の結婚、出生、成長、教育、軍隊、そして王について順序立てて説明していくもので、紀元前400年ころのスパルタの制度を研究する資料としても重要な文献といえるのではないでしょうか。

ただ、非常に読みづらい。。ギリシャ語は冠詞が非常に重大な役割をもっていたり、語尾変化が豊富であるおかげで、相当に規則性が高いのですが、この作品は非常に技工的な感がありました(もっともしっかりと原典を読んだのはこれが初めてなのですが。。)。それゆえ、内容自体を楽しむという余裕はなく、文の構造を把握するのに尋常ならぬ手間がかかりました。

特に私は輪読コースは初心者でしたので、スムーズな発表ができず、ギリシャ語のベテランの方々に非常に迷惑をおかけしてしまったかもしれません。

先生がおっしゃるには、中途半端な辞書を使ったり、日本語訳を読みながら解読していくのは、力を伸ばさないとのこと。そこで私も当初はLSJのintermidiate(要するに大学のギリシャ語学習者において最も使用されている辞書)を使用していましたが、働きながら夜にちょっとカフェで予習する程度の時間しか取れない私には限界がありました。複数の辞書をPDF化してタブレットに読み込ませたりして様々な制約を取っ払おうと努力しましたが、なかなか最後までしっかりとした予習はできなかったかもしれません。日本語訳にもだいぶお世話になってしまいました。

そこで、つい先日、有料自習室を借りることにしました。ここのロッカーに辞書を入れ、平日の夜や休日に「ギリシャモード」になれる環境を作りました。これからはしっかりと予習ができるかもしれません。

10月に入って、ツキュディデスの書いた「歴史」がスタートしました。実は先生が「スパルタ人の国制」を選んでくださったのは、この書物を読むためでもあります。ご承知の通り、ツキュディデスの「歴史」は紀元前500年後期のアテナイVSスパルタの世紀の大戦争を叙述したものです。もう想像するだけでワクワクしてしまう内容ですが、この戦争を理解するためには、スパルタの国制というものも理解しないといけないわけですね。

私たちの日本はどちらかと言えば民主政のアテナイに近いですし、古典期に作られた文芸はほとんどアテナイのものですから、アテナイについては馴染みやすいでしょう。しかしスパルタについては、そのポリス名が既に抽象名詞化していることからも分かるとおり、少々理想化というか、幻影化されている風が否めません。その当時のスパルタについて、当時のギリシャ人が書いた書物を通じて学ぶことで、スパルタというポリスの実像に一歩近づけたのではないかと思います。ツキュディデスの「歴史」の理解にも役立ちそうです。

もっとも、「スパルタ人の国制」を読んでいると、ちょっと誇張されているところがありそうだとは思いました。なにせ、当時のアテナイの民のために書かれたもので、スパルタの実情を良く知らない人をちょっと驚かせてやろうという、物書きにありがちな下心はあったでしょう。なのでクセノフォンが述べるスパルタが、本来のスパルタであったかどうかはまた別の話かもしれませんね。

それでも、スパルタについて何も知らないままツキュディデスを読むのとは全然違うことでしょう。これからが楽しみです。今後は、輪読のペースに沿って、ツキュディデスの「歴史」についても、このブログで述べていければと思います!

アルファベットの起源とは?

古典ギリシャ語と悪戦苦闘している私ですが、メタ語学と言いますか、言語自体の成り立ちというのも調べてみるとたのしいです。

私が好きなシリーズに、大英博物館双書というものがありますが、それは副題に「失われた文字を読む」とされていることから分かるように、現在では話されていない古代の言語に着目したものです。古代エジプトのヒエログリフから、メソポタミアの楔形文字、古代ギリシャ語(ミケーネ時代の線文字Bも!)、そしてマヤ文字やルーン文字に至るまで、人気の高い古代語の成り立ちや文字の特徴、言語の概要などを解説してくれています。

その中でも、「初期アルファベット」の一冊は、私が今学んでいる古典ギリシャ語の表記にも直接関連するものであり、心を揺さぶらされるところが大きかったです。もっとも、訳が悪いというより、もともとの欧米学者の書いた原典の記載が難解なのでしょうけど、時おり意味を把握するのが困難な箇所もあります。ですが、実際に発掘された資料を載せてくれていたり、各地方で使われていたアルファベットとの対比表や、アルファベットの系譜図などもあり、視覚的にもとても楽しめました。

現在私たちが使っているアルファベット。これはもともとギリシャアルファベットから来ており、エトルリア経由でローマ人により採用されたことは有名です。ローマ帝国の拡大により、ローマ帝国崩壊後も、ラテン語(ローマ人の言語)の直系子孫であるロマンス諸語(イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語など)、ゲルマン語(ドイツ語、英語、北欧語)などに採用されています。ロシアや東欧のキリル文字も、ギリシャアルファベットから来ていますね。

それでは、このギリシャアルファベット自体はどこから来たのでしょうか

それは、ローマ帝国が地中海の覇権を握るずっと前から、地中海交易で栄えたフェニキア人たちの使っていたフェニキア文字です。フェニキア人は、今で言うところのシリアやパレスチナの沿岸地域に居住していました。紀元前15世紀ころから地中海沿岸に植民都市をいくつも建設し(これはその後のギリシャ人にも似ていますが)、遠いところではスペインのあるイベリア半島にも都市を作っています。

フェニキア人は航海の民であり、商業の民でもあります。ですので、非常に実利志向が高かったのでしょう。フェニキア文字は、簡潔に抽象化・記号化し、容易に筆記できる形へ発展していきました。紀元前1050年ころには、フェニキア文字が確立されていたようです。

ギリシャ人は、このフェニキア文字を取り入れたのです。アルファベットがフェニキア文字からもたらされたことについては、紀元前5世紀のギリシャ人歴史家ヘロドトスの記述にもあります。初期のギリシャアルファベットとフェニキア文字を見比べると非常に酷似していることがよくわかります。最も古いギリシャアルファベットの資料が紀元前750年ころのものとのことですので、それより少し前くらいに取り入れられたということでしょうか。

もっとも、取り入れられた具体的な経由は明らかではないそうです。ギリシャ神話上の伝説では、テーバイの創始者カドモスがアルファベットをもたらしたとのことですが、実際はどうなのでしょう。伝説も、事実や歴史が基盤になっていることも多いですから、テーバイの交易従事者がもたらしたのかもしれませんね。ギリシャの東部、アテナイやエウボイア島の古いアルファベットが特にフェニキア文字に似ているように思えるので、エーゲ海交易の中で、ギリシャ側の交易従事者によりもたらされた可能性は高いのではないでしょうか。

もちろん、ギリシャ人は、フェニキアのアルファベットを、使い方を含めてそのまま受け継いだわけではありません。フェニキア人はセム語系であり、ギリシャ人はインドヨーロッパ語系です。言語の体系からして異なります。ギリシャ人が特に取り入れたのは、アルファベットの哲学といってもいいかもしれません。その哲学とは、あらゆる言葉の発音を、できる限り少ない記号で全て表記しきってしまうことです。実は、フェニキア文字には母音がありません。母音は文脈から判断します。つまり、全て子音です。ギリシャ人たちは、自分たちが子音では使わないフェニキアの文字を、自分たちの母音に換えて利用しました。これにより、全てのギリシャ語をアルファベットで表記できるようにしたのです。ギリシャ人は、アルファベットの哲学を完成させたものといってよいでしょう。現在の英語は、知らなければ読むことすらできない単語が多くありますが、古代ギリシャ語にはそれはありません。

ところで、フェニキア文字からアルファベットを取り入れたのは、ギリシャ人だけではありません。古代のアラム文字やヘブライ文字にも取り入れらえていますし、アラム文字はアラビア文字に受け継がれています。そう考えると、このフェニキア人たちの後世への影響力はすごい!ローマ共和国を破滅寸前にまで追い詰めたハンニバルを生んだ古代カルタゴが、フェニキア人たちの都市であったこともうなづけます。

最後に、それではこのフェニキア文字が一体どこから来たのかについて。

大親は、エジプトのヒエログリフが有力のようです。その証拠の一つが、アルファベットの「Α」。ギリシャ語では、「アルファ」と言いますが、「アルファ」という言葉はギリシャ語ではなんの意味ももたない単語だそうです。「アルファ」は、セム語系で「雄牛」を意味します。Αを逆さまにして眺めてみてください。二本のツノが生えた逆三角形の顔立ちの牛の姿が見えてきませんか?

イリアスの10世紀写本がネットで見られた!

今は素晴らしい時代です。こういうことを率先してできる欧米の大学はやはり進んでいるものと言わざるを得ません。古代ギリシャや古代ローマを自分たちの古典とみなしている彼らとしては当然なのでしょうが(なお、古代ローマ人もまた、古代ギリシャを自分たちの古典と位置付けています)。

ハーバード大学の運営するプロジェクト、‘Homer Multitext project’では、10世紀ころに書き写されたイリアスの写本をネット上で見ることができます。その画像は極めて鮮明で、実物を間近で見たときとほぼ変わらない程度です。画像を拡大すると細かい筆圧や筆の使い方を確認できます。

homermultitext.org
イリアス写本

この画像をオープンにすることで、できるだけ昔に遡った原典に近いイリアスを後世に残すこと、そして研究者の研究に資することを目的としているようです。本当にすばらしいですね。古代ギリシャ語の勉強が進んだのち、ぜひこの中世写本それ自体を読むことで、古代のすぐれた作品の真髄に触れられたら嬉しいです。

ところでこの「イリアス」。紀元前800年ころ、ギリシャアルファベットがフェニキア人からギリシャにもたらされ、ギリシャがミケーネ文明以来の文字を保有する社会へと変わろうとしていた頃、偉大な詩人ホメロスにより作られたとされています。非常に長い叙事詩で、岩波文庫でも2冊に分かれており、その一冊ずつも相当に分厚いものです。もっとも、ホメロスの時代はアルファベットがそれほど浸透していない時期であるため、百年は口頭で歌われ継がれたとされています。紀元前5世紀ころに、アテナイ僭主ペイシストラトスにより本格的に編纂、文体化されたそうです。その後もエジプトから輸入したパピルスを用いて写され、中世を通してパピルスや羊皮紙に書き写され続けたことで我々がその内容を知ることができます。

パピルスはもろく、100年程度で朽ちてしまうため、書き写し作業は中世を通して行われました。紀元後には羊皮紙という、より丈夫な紙ができたため、相当長持ちしたそうですが、それでも書き写しは継続されました。前半の1000年はパピルス、後半の1000年は羊皮紙で書写され続けたそうです。

古代の作品は今にも数多く伝わっているとはいえ、失われた作品の方が圧倒的に多いことでしょう。中世という、生き残ることすら厳しい時代、古代の書物を残すことだけに力を注ぐわけにもいきませんから、どの書物を書き写すか、当然、取捨選択はされました。その中でも、ホメロスのイリアスとオデュッセイアは特に後世に残すべく、選択されたことでしょう。

中世で書き写しを行った人は、主にビザンツ帝国(後期ローマ帝国(東ローマ帝国))内の修道院の修道士たちです。ローマ帝国が東西に分裂した後、東ローマ帝国はもともとギリシャ人の植民都市であったビザンティオンを首都として発展しましたが、その担い手はもはや純然たるローマ人ではなく、ローマ人を名乗るギリシャ語を話すギリシャ人たちでした。そして宗教は、キリスト教です。キリスト教の教えにそぐわない書物は書き写されないどころか、燃やされたものもありました。

ともあれ、キリスト教の修道士たちが、大昔の異教の神を崇めるイリアスの書を伝え続けたことは驚くべきことです。信仰はどうであれ、後世に継がなければならない価値を認めざるを得なかったのでしょう。

ハーバード大学のプロジェクトにより私たちはこの貴重な写本を簡単に見ることができますが、写本自体にも歴史があること、そしてこの書き写しをした修道士たちの心境などにも、思いを巡らさずにはいられないのです。

 

私が古代ギリシャに恋した理由。

まさか社会人になって古代ギリシャにはまり、しかも英語も中途半端であるのに、古典ギリシャ語を学ぶようになるとは、つい2年前までは考えられませんでした。

私が古代ギリシャにはまったきっかけは、本当に偶然で、なんら計画されたものではありません。人生なんて全てそうなのでしょう。

平成25年の秋ころですが、仕事の合間、近くの本屋へ行ったときでした。仕事で少々疲れていたこともあり、少し自分を見つめ直したいという気持ちもあり、言わば本から何か新鮮な刺激を受けることを期待していました。

本屋に着くと、あまりにもおびただしい本が並んでいる。

こんなに世の中に本が必要なのか?たかだか80年の人生、いや、寿命的にはたかだか50年しかないのに、こんなに読み切れるはずがない!そう思って足を向けたのは、岩波文庫のコーナーでした。

どこかで、迷ったら岩波文庫の本を読めばいいと聞いたことがあります。岩波文庫は読むに値する人類の遺産ともいうべき本しか置いていないからです。ですから、何か読むに値するものを読みたいと思えば、その中から自分の興味が湧きそうなものを読めばいいのだと思います。

そして、私がその時にたまたま手に取ったのが、ヘロドトスの「歴史」

ヘロドトスの名はどこかで聞いたことがある程度で、それに記載されている内容についてはよく知りませんでした。

目次を見てみました。その章立てをみると、「第1章」に当たるはずのところが、「クレイオの巻」。

ク、レ、イ、オ、、、、、!!!??!?

今ではギリシャ神話のゼウスの娘たちであるムーサイの一人であることは分かりますが(英語のMUSICやMUSEUMの語源)、この出だしの可笑しさから興味が湧き、自分の知らない豊かな世界がそこに広がっていることを直感しました。そして、とりあえずその上巻を読んでみることにしたのです。

そこに書かれていたのは、紀元前500年より前の歴史。小アジアのハリカルナッソス出身のギリシャ人ヘロドトスからみた、当時の小アジア地方、エジプト、そしてギリシャの風習でした。そして、ギリシャ神話の英雄に次ぐ英雄を生んだペルシャ戦争へと筆を進め、その戦況を迫真さをもって綴っています。民族、ポリス、制度、そして個々の魅力あふれる人間たち。

豊かな世界がそこにある。

私は人生をそれに費やすだけの価値があると確信しました。そして、古代ギリシャをやるなら、古代ギリシャでしゃべられていた言語も学びたいと思いました。その結果、今は、古典ギリシャ語に目下夢中です。2500年も前に使われていた言葉を、遠く離れた時代と場所にある現代日本で学ぶだなんて、なんか素敵じゃありませんか。

古典ギリシャ語で様々な原書を読み、人間の本質に触れていくこと。それが今の私の喜びになっています。