高津春繁「ギリシア語文法」

高津『ギリシア語文法』の「形態論」を通読したら感動した

昨今はカルチャーセンターも休業していますので、みなさん、古典語を学ぶ機会が乏しくなっているかもしれないですね。私はというと、高津先生の『ギリシア語文法』の通読に挑戦することで凌いでいます。

西洋古典語塾である東京古典学舎や横浜古典学舎は、zoomを使った遠隔授業を開始されたようですので、学習場所に困っている方はそうしたところを使ってみるとは良いかもしれません。

さて、高津文法に戻ります。ようやく「形態論」を読了しました。いや、もう感動です。これまでは、講読参加中によくわからない箇所があった時に調べる形で読んだり、自分の不得意とする分野(特に希求法や接続法、あるいは分詞、属格など)に特化して読むなどしていました。が、今回は最初の一ページ目から通読してみるという荒技に取り掛かったわけですが、結論から言えば、これは大成功でした。

ポイントを言ってみるならこんな感じです。
・ほぼ全ての項目を網羅している安心感
・言語学的な見地からの説明が心掛けられており、全く別種の形と思われる各種の変化を、可能な限り統一的に説明されており、これまでの断片的な知識が1つの体系に収斂されていく気持ちになれる。
(これは具体的には、語根、接尾辞、語尾、語幹という基礎的な概念と、母音交替という印欧語通有の現象、そしてthematicとathematicという基礎的な対比をもとに、O活用とそれ以外、ω動詞とそれ以外といった決定的特徴を踏まえながら、名詞・形容詞・動詞の変化を横断的、統一的に理解できるということです。)
・例外的な活用、曲用をする単語類についても、別に項目を設けて列挙されている。
・ホメロスから他の方言、時にはミケーネ時代のギリシャ語にも言及しながら本来的なギリシャ語の特徴を意識された記述が随所に見られ、ギリシャ語の本質のようなものを受け止めることができる。
いやあ、この感動を言語化するのは大変難しいですが、なんとか表現するとすれば上のような形です。

高津『ギリシア語文法』を初めて買ったのは、そうですね、前の前の家に住んでいた時ですから(誰も知らんがな)、もう6年位前です。その時は、序論の「ギリシア語の歴史(方言)」の項目でもう身動きができなくなってしまい、なんという世界に足を踏み入れてしまったのだ、なんという高い山が聳え立っているのかと呆然とした記憶があります。
その後、ギリシャ語学習3年目頃にも通読にトライをしてみようと思いましたが、あっけなく挫折しました。

現在は、学習7年目となり、既に散文と韻文の講読に参加し、ギリシャ語の基礎単語を覚え、OxfordのClassical Greek Grammarを読み込み、さらに岩波文庫のこれまた高津先生の名著『比較言語学入門』やその手の本に触れられたおかげか、ようやくこの『ギリシア語文法』を通読できるようになりました(もちろん、理解度が不十分なところは多々あります。)

高津形態論のハイライトはやはり動詞の変化形の解説ですが、形態論では後半です。ところが、ここから読もうとしてもなかなか理解は難しかったでしょう。それまでの序論や名詞・形容詞などの格変化の解説で折に触れて述べられていたこと(特に言語学的な問題点、各方言の特質、アッティカ方言の歴史的な動き、ギリシャ語特有のクセ(語末はς,ν,ρ以外に子音は来ないなど。))を元に解説がなされているので(というかそれを前提にしてないと理解できない)、「通読して初めて理解できる本」となっているのです。これは形態論を読了してわかったことですね。だからこれまでは特定の項目に限定してじっくり読もうとしても理解が不十分であったのか、と気づきました。

とは言っても、完全に消化するにはまだ力不足です。形態論を通読して言えることは、
・ホメロスを通らずして高津文法の理解は不可能
・サンスクリット語を通らずして高津文法の消化は見込めない
ということです。
それは言語学者である高津先生ならではの特徴の気がします。

そこでいずれはホメロスとサンスクリット語もやろう、と最近決意したのですが、ちょうどこのタイミングで、ホメロスの「オデュッセイア」の講読に参加できる機会が訪れました。なんという巡り合わせか・・・

待ちに待ったホメロスでどんなことを学べるのか。
いよいよヨーロッパ文学の最初にして頂点の原典にどう取り組めるのか。
またご報告したいと思います。

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